長崎家庭裁判所 昭和46年(家)280号 審判
〔主文〕本籍長崎県長崎市○○町○○番地筆頭者香川浩治の戸籍中、筆頭者浩治の出生年月日欄および身分事項欄の出生の年月日に「明治参拾七年壱月拾六日」とあるのを、「明治参拾五年拾月拾六日」とそれぞれ訂正することを許可する。
〔理由〕本件申立の実情は、「申立人は戸籍上明治三七年一月一六日出生と記載されているが、事実は明治三五年一〇月不詳日に生れたものであり、ただ複雑な家庭の事情からその出生届が遅れ、明治三七年一月一九日に至つて届出がなされたため、右届出の日にあわせてそのような戸籍の記載がなされた。そこで、このたび戸籍を真実に合致したものに訂正しようと考えているところ、明治三五年一〇月生れであることは間違いないが、日が明確でないので、日は現在の戸籍のまま一六日として、戸籍の訂正をするにつき、右許可を求めて本申立に及んだ。」というのである。
そこで、本件記録および熊本家庭裁判所天草支部昭和四四年(家)第一三四号戸籍訂正許可申立事件、同昭和四五年(家)第一二三号就籍申立事件の各記録にそれぞれ編綴の資料と、長崎家庭裁判所調査官作成の調査報告書とを併せ検討すると、申立人の主張するところはすべて事実であり、戸籍の記載は事実に反していると認められる。
とすれば、これが是正のため戸籍訂正の許可を求める本申立は理由がある。もつとも、申立人も自認するように、申立人の出生の年月については一応明確な資料があるが、その日についてはこれを確定するに足るものがない。かかる場合、日は「不詳」として戸籠の訂正をなさしめることが正当と思われるが、今後の社会生活における不便を考えるとき、日のみは申立人の希望するように、戸籍の記載をそのまま維持する取扱いも許されるものと判断する。その点、出生日を「不詳」とすることに比し、特段の不都合があるとは思われない。
よつて、戸籍法第一一三条に則り主文のとおり審判する。 (権藤義臣)